2004.12.8 |
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熊本大学でも、大学教員に対する専門業務型裁量労働制の検討が始まりました。検討は教員人事専門委員会で行うとされており、11月16日付で各部局に対し意見を求める文書が委員長名で送られています。しかし、文書に添えられた資料では、多くの大学で導入されている、大学教員にも裁量労働制が適用できるなどの表面的な事実のみで、部局内で検討するための客観的条件は提供されていません。今回の意見聴取(回答期限は12月10日)を委員会案の拠りどころとするのは許されないことです。 また、教員人事専門委員会での検討は学長の諮問に対して行われることから、使用者案の検討に過ぎません。具体的な実施方法は過半数代表者との労使協定によって決められるのですから、委員会が使用者案を決定する立場に立つのであれば、過半数代表者との協議にも委員会が当事者として臨むべきです。 さて、このニュースでは裁量労働制はどういう制度なのか、それが大学教員の望む労働条件作りに有効なのかを検討します。裁量労働制導入の是非について学内審議の参考になれば幸いです。 1.裁量労働制における「裁量」とは 裁量労働制といっても、何から何まで労働者の裁量になるわけではありません。制度の趣旨は、「業務の遂行手段と時間配分を職員の裁量に委ねる」ことであり、それに伴って使用者の勤務時間管理の責任を緩和(免除ではない)し「みなし労働時間」を適用することです。大学教員は講義など時間配分の裁量を持たない部分が多く、裁量労働制の対象業務に含まれていなかったのですが、法人化を機に国大協の要望(2003年8月8日要請文提出)に基づいて対象業務に加えられました。では何が裁量の対象になるのでしょうか。専門家の間でも議論の分かれるところであり、労働基準監督官の見解も確定していないようです。 (1) 始業終業時刻は裁量に含まれるか。 厚生労働省基準監督局監修の「国立大学法人就業規則作成のポイント」で、始業終業時刻を裁量にゆだねる規則案が出されました。先行大学でもそのような規定がなされており、裁量に含まれるとして問題は無いようです。ただし、使用者には始業終業時刻の把握の責任があり、教員は各労働日の始業終業時刻についての報告を求められることになるでしょう。その際、問題になるのは、労働時間が深夜の時間帯(午後10時から午前5時)にかかる場合です。裁量労働制が適用されていても、深夜割増賃金(25%)は支払う義務があるからです。深夜に業務を行う場合は、事前届出を求められる、場合によっては、深夜の大学施設利用に規制がかかるなどの可能性があります。 (2) 事業場外での勤務は裁量に含まれるか。 教員の研究の遂行方法は多様ですから、野外や図書館での調査など学外での勤務が必要です。一般に、業務を事業場外で行うためには使用者の命令・許可が必要ですから、裁量労働制を導入したからといって、事業場外労働を裁量で行えるようになるわけではありません。これを教員の裁量で行えるようにするには、就業規則や労働協約での定めが必要です。ただし、一定の制約がつく可能性はあります。 (3) 休日の変更も裁量に含まれるか。 裁量労働制が適用されていても、休日の決定まで裁量になるわけではありません。休日労働には割増賃金(35%)が必要ですから、まったくの自由にはできないのです。休日を利用して出張などを行うには、教員の希望に基づいて休日振替を行うような制度が必要になります。
2.裁量労働制の対象となる教員とは まず、大学教員以外の職員は裁量労働制の対象になりません。また、大学教員のすべてが対象になるわけでもありません。大学教員で裁量労働制の対象にならない者には3通りの場合があります。 (1) 主に研究に従事するわけではない教員 文部科学省の調査(内容の概略をニュースの最後に資料として掲載します)によっても、教員の総職務時間における研究時間の割合は46.5%に過ぎません。主に研究に従事する教員は決して多くありません。これについて厚生労働省は「講義等の授業の時間が所定労働時間の5割に満たない」との解釈(基発第1022001号)を示しました。講義時間が5割を超える教員は殆どいないことから、この見解をもとに裁量労働制の適用がいっせいに進んだのです。ただし、講義等の授業の時間には会議等の時間も含めるべきだとの見解(盛誠吾「裁量労働制をめぐる運用上の論点 −−政省令・通達をふまえて」)もあり、個々の教員が「主に研究に従事」するか否かは実態に合わせて慎重に検討するべきでしょう。 (2) 助手(専ら研究に従事している者を除く) 実は助手は裁量労働制の対象になっていません。専ら研究に従事する場合は対象になるのですが、その意味については不透明です。学生実験、演習を担当する助手が対象になるかどうかは不明です。 (3) 診療業務を行う教員 上記に当てはまらない場合、裁量労働制を適用することは可能です。しかし、教員の労働形態は多様ですから、一律に裁量労働制を適用することは問題です。教員個々について、その労働実態をもとに適用の可否を検討する必要があります。また、労基法改正の国会審議に際して、裁量労働制に対する本人同意について検討課題とすることが附帯決議に盛り込まれており、適用についての本人同意は不可欠と考えるべきです。
3.「みなし労働時間」をどう設定すべきか 「みなし労働時間」は、過半数代表者との労使協定によって決められます。8時間を越える「みなし労働時間」を設定する場合には、時間外休日労働の労使協定と、それに基づく時間外の割増賃金が必要になります。 では、実際に何時間とすべきでしょうか。基本的には業務の実態をもとに判断すべきです。使用者側は、現在、時間外手当の支給はまったく無い(建前上、時間外労働は行われていない)のですから、現状に基づいて8時間とすべきと主張するかもしれません。しかし、文部科学省の調査では教員の年間総労働時間は平均で2793時間にのぼります。週40時間年間52週に、時間外労働の年間での制限360時間を加えても、2440時間ですから、実態はそれをはるかに上回ります。労働者側が1日9時間とすることを要求したとしても、実態よりも過小な要求に過ぎません。確かに、9時間と協定すれば一人につき年間100万円近い人件費増になるわけですが、これは教員労働の賃金不払い残業の実態を表す数字と言えます。 4.裁量労働制では解決できない問題について 第1節で述べたように、裁量労働制を導入すれば教員労働に関する法的問題が全て解決するというわけではありません。私たちの働きやすい労働環境が実現するわけでもありません。この節では裁量労働制から離れて、私たちの働きやすい労働条件を作るために必要な制度をいくつか提案します。なお、これらの方法は裁量労働制をとらない教員や、技術職員など教員に近い勤務形態をとる職員の労働時間制度を考える上でも有効です。 (1) 学外での勤務 すでに述べたように、裁量労働制は一般には勤務場所の裁量を含みません。学外の勤務を可能にするには、学外勤務の目的、場所、手続の仕方、時間制限等について、合意を取る必要があります。労使協定に含められない場合は、労働協約、就業規則に盛り込む必要があります。 (2) 勤務時間外の施設利用 教員の年間総労働時間が2800時間に及ぶという現状は、深夜や休日にも学内施設が利用されていることを意味しています。これらは、本来、労働時間として組み込むべきですが、裁量労働制であっても、深夜勤務、休日勤務の割増賃金(人件費)は発生します。人件費削減のためとして、深夜・休日の学内施設利用制限を行うかもしれません。これはとりわけ実験系の教員には深刻な問題です。 これを解決する一つの方策として、教員に勤務時間外の施設利用権を認めることを提案します。ただし、会議等で、休日の出勤を求められる場合は別問題です。休日の振替ができなければ休日給の支給が必要です。 (3) 兼業(非常勤講師) 始業終業時刻が裁量になれば、勤務時間外に非常勤講師を行うことは簡単だと考える人もいるでしょう。しかし、労働時間に関する労基法の規定は事業主を異にする場合にも通算されます。みなし労働時間を8時間とすれば、週5日の本務校での労働は40時間と算定されます。それ以外に、4時間の非常勤講師を行えば、週労働時間は44時間となり法定労働時間を超えます。割増賃金の支給が必要になるのです。余所の大学のことは無関係と主張するかもしれませんが、兼業は教員が申請し許可を得て行うのですから、本務校に責任があることは明らかです。 法定労働時間内で収めるためには、勤務時間内兼業と位置付ける必要があります。その際、問題になるのは非常勤講師としての賃金の問題です。「ノーワーク・ノーペイ」の原則を理由に勤務時間内兼業なら賃金カットと言う主張がなされることがありますが、働かなかった時間に賃金を支給することが違法なわけではありません。働いた時間に賃金を支払わないこと(「賃金不払い残業」)とはまったく異質な問題です。 そもそも、2800時間という法定労働時間を大幅に上回る労働を行っている教員について、週8時間年間240時間程度の勤務時間内兼業を理由に、事実上の賃金カットを行うことは許されません。「ノーワーク・ノーペイ」の原則を主張するのであれば、2800時間に対する賃金を保証してからにすべきです。 労基法に基づく労働時間規制を全て守り、かつ「ノーワーク・ノーペイ」の原則も守るのであれば、誰も非常勤講師は行えなくなります。非常勤講師を勤務時間内兼業と位置付け、それによって得た収入(常識的な範囲内のもの)は教員の収入と認めることが、手続き的にも最も適切です。 (4) 管理職教員の扱い 学部長、センター長などの管理職教員については、裁量労働制を適用の是非以前に、労基法第41条の管理監督者にあたるか否かの検討が必要です。管理職手当が支給されているからといって、自動的に管理監督者となるわけではありません。法的には「労働条件の決定とその他労務管理について経営者と一体的立場にある者」ですから、少なくともセンター長については該当しないと思われます。 その場合、勤務時間における校務の割合を考えれば、裁量労働制を適用できない可能性が残されます。使用者はどの職が労基法41条に該当する管理監督者なのか、明確にする義務があります。 5. おわりに 大学教員の労働実態は労基法違反です。国大協が、裁量労働制の適用を要望したのは、これを合法化するためと考えられます。しかし、裁量労働制を適用すれば、使用者は労働時間管理の責任を免れるというのは、まったくの誤解です。多くの民間企業で、そのような誤解のもとに、労働時間管理をまったく行わない「濫用的裁量労働制」が行われました。その結果、裁量労働制のもとで働く労働者の労働時間が増大し、過労死さえ生みました。その反省から、裁量労働制であっても労働時間管理を行わなければならないと、ようやく歯止めがかけられるようになったのです。 しかし、政府・財界の中には「濫用的裁量労働制」を制度化しようという考えがあります。政府は2004年3月19日に「規制改革・民間開放推進3カ年計画」を閣議決定しました。そこでは、大学教員の裁量労働制について、「(対象業務となったことの)周知徹底を図る」と明記されています。また、裁量労働制のみなし労働時間制についても、「時間規制の適用除外を認めることが本来の姿であるとの考え方もある」「(大学教員を含め)適用除外方式を採用することを検討する」などと記載されています。大学教員は「濫用的裁量労働制」制度化の突破口とされる可能性があります。 教員にとって働きやすいからといって、労働時間管理をまったく行わない「濫用的裁量労働制」を求めることは、厳に慎まなくてはならないことです。この点にも配慮しながら、教員の働きやすい労働時間のあり方を実現することが求められています。 資料 大学等におけるフルタイム換算データに関する調査報告(文部科学省 科学技術・学術政策局)は以下のWebページを参照して下さい。 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/15/11/03110601/001.htm |