No.14
2007.10.30
熊本大学教職員組合
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学長選考会議の動向に注目を!!
教職員の意向を無視した
学長選考がもたらす大学の崩壊

 
現学長が再選を果たして1年余りが経ちました。前回の学長選はつい昨日のことのようですが、学長の任期は余すこと1年半ですので、学内では既に次期学長選考の手続が始まっています。
 国立大学の学長選考については、「学長選考訴訟」、「"天下り"学長選考」、また最近では高知大学の「学長選考不正疑惑」など、各大学の異常な事態が新聞報道等を通じて度々伝えられていますので、皆さんも関心をお持ちのことと思います。
 相次ぐ不祥事の再発を恐れるかのように 、他大学では学長選考会議の権限を拡大し、選考手続を簡略化しようとする動向が見受けられるようになりました。学長選考を巡る一連の事件は、学長選考会議の恣意的な判断と手続きの不透明性が招いた教職員の不信感を反映するものであるにもかかわらず、学長選考の根拠を隠蔽することで教職員の不満を抑制しようとするこのような動きは愚かであると言わざるを得ません。
 大学を巡る政財界の思惑も考慮に入れれば、熊本大学でも学長選考制度改悪にむけた検討が行われる可能性は否定できません。以下に国立大学の学長選考を巡る内外の情勢を紹介し、熊本大学の学長選考会議の動向に注意を喚起したいと思います。

国立大学法人の現状に目を背け迷走する教育再生会議
 「教育の再生」、「21世紀の日本にふさわしい教育体制の構築」を旗印に安倍政権下に発足し、同政権の失墜により一時はその存続さえ危ぶまれていた教育再生会議ですが、有識者委員からの強い要望もあり、10月23日にはその活動を再開しました。審議の内容は未だ明らかにされていませんが、9月12日、奇しくも安倍総理辞任表明の日の午後に開催された合同分科会では、第一次報告(2007年1月)、第二次報告(同6月)に盛られた政策提言の実現に向けたフォローアップと、第三次報告に向けた検討を行うことが、今後の方針として既に確認されています。
 教育再生会議のこれまでの取り組みについては、行政サイドも含めて評価が分かれるところですが、こと国立大学の運営に関わる諸提言については、極めて無責任で非見識極まりないものであると言わざるを得ないでしょう。6月1日に公表された第二次報告には、大学・大学院の再生に関わり、<今すぐ取り組むべき5つの改革>と称する提言が列挙されています。そのうち、「提言5:時代や社会の要請に応える国立大学の更なる改革」では、学部や大学の再編統合推進、極端な査定給与制度の導入、教授会の更なる権限縮小による学長リーダーシップの強化など、国立大学の構成員としては何れも深刻に受け止めざるを得ない重要事項に加え、以下の項目が示されています。
国立大学は、法人化の趣旨を踏まえ、学長選挙を取りやめるなど、学長選考会議による学長の実質的な決定を行うこととする。
 これは、個々の国立大学の将来に決定的な方向性を与えるはずの学長選考にあたり、その使命の遂行に携わる大学構成員の賛同を得る必要は皆無であるとする強硬な主張です。ところが、大学・大学院改革関連の審議にあたった教育再生分科会(第3分科会)の全15回にわたる分科会議事録を読む限り、「第二次報告(案)」が直接議題に取り上げられた第12回会議席上での担当委員による「特に国立大学法人も含めてガバナンス改革で、もっともっと学長がリーダーシップを発揮できるように、学長選考会議が本当に生きるように、投票ではなくて、学長選考会議で学長が選ばれるようなシステムをつくっていかなければいけない」という発言以外に現行の学長選考方法を問題視する意見は皆無であり、今後の国立大学の運営に重大な影響を及ぼす危険性を秘めたこの提言は、一切議論されることなく採択されたと言っても過言ではありません。さらに、同委員からは、第二次案提出後の第14回分科会席上で「大学改革が進まない一つの要因は、学部の教授会が1人でも反対すると改革の方向が出せないというところにある」などという全く誤った事実認識に基づく批判が飛び出す始末です。法人化後すでに崩壊した大学自治の現状を少しでも知っていれば、このような発言が出来るはずはありません。これでは、「幅広い視野から教育再生のための抜本的な施策を検討」するはずの教育再生会議は、その実、政府や財界の欲求を実現するための浄化装置、有り体に言えば、「お手盛り会議」であるとの批判を免れることはできないでしょう。
 「法人化の趣旨を踏まえて」という文言からも明らかなように、学内の自治を根絶やしにし、学長選考会議の裁量権を強化するこの提言は、国立大学法人法の条文に託された、大学を完全に掌中に収め、「大学の自由」=「学問の自由」を剥奪しようとする政財界の思惑をより鮮明に投影するためのものです。
 それでは、法人法の元で行われた学長選考により、全国の国立大学ではどのような事態が進行しているのでしょうか。他大学における象徴的な事例を振り返って、法人化後の学長選考における学長選挙の意義をあらためて確認するとともに、現ア元学長を再選した、ここ熊本大学での学長選考のあり方を再検証してみましょう。

国立大学の事件簿:恣意的で不透明な学長選考に高まる不信感
 9月19日、法人化後2件目にあたる、学長選考の無効確認を求めた訴訟の控訴審判決が東京高裁で開かれました。この訴訟は、新潟大学の学長選考会議が意向投票の結果を無視し、83票もの大差を覆して次点候補を次期学長に決めたこと、選考過程および結果についての説明が一切為されていないこと、および学長選考規則の規程に反して構成された選考会議が決定を行ったことを不服とし、3学部・4研究科の教授7名が現学長と学長選考会議を相手取って起こしたものです。
 新潟地裁で行われた第一審は、原告が「選考会議の構成員ではなく、法律上の利害関係がないため、原告適格を有していない」として訴えを退けました。今回行われた控訴審でも一審の判決が支持され、「無効確認を求めても法律上の利益がない」ことを理由として原告適格を認めないとする判決が下されました。この控訴棄却は、原告の訴え、即ち、透明性を欠く不正な方法で行われた学長選考によって原告が受けた不利益の内容も性質も考慮することなく、原告=教職員を「第三者」として切り捨てたという意味で断じて許すべきではありません。原告に利益がないということに関して言えば、この判決の前日の9月18日には既に次期学長選考の第一次意向投票が実施され、11月8日には新学長が確定する予定になっていますので、仮に前回の選挙を無効とする仮処分が得られたとしても現学長の解任が実質的な効力を持たないことを十分承知の上での訴訟であることは、控訴審判決後直ちに原告側が上告の意志を表明していることからも明らかです。また、原告側には自ら現学長に票を投じた教職員も含まれている事実を考えれば、大学の教職員が受けた不利益と、勝訴によって得られる利益の質が全く理解されていない、あるいは意図的に無視されたと言わざるを得ないでしょう。
 意向聴取の結果を無視した学長選考の無効性を巡り、訴訟にまで発展した事例は新潟大学だけではありません。「このほどさように不明朗な学長選考が行われている国立大学法人があるということであり、それはそこの国立大学法人だけの問題ではなく、文部科学大臣が任命する以上、文部科学省の問題である。」とは、滋賀医科大学の学長選考訴訟問題を受けた文部科学大臣政務官の発言です。国立大学法人法は、学外者を含む学長選考会議が最終的に学長候補者を決定することを求めていますが、選考会議による恣意的で不透明な学長選考を認めるものではありません。
 恣意的で不透明な学長選考の事例は後を絶ちません。山形大の「天下り学長」選考は、皆さんの記憶にも新しいと思います。現職の文部科学省事務次官を次期学長として祭り上げるという前代未聞のこの事件は、中央省庁官僚の天下りに対する批判の高まり背景に注目を集め、全国の国立大学法人の7割で文部科学省出身の官僚が理事や監事の職を得ているという、私たちにとってはもはや常識となっている天下りの実態が初めて公にされるに至って、殊更問題視されています。もちろん、国立大学の教職員を非公務員化しながらも、文部科学省自体は天下りや「渡り」の制度を清算することなく理事・監事や上位職を確保し、実質的に国家公務員としての身分を保障したことは法人化が残した汚点の一つであり、山形大の事件は文部科学官僚の天下り先を学長職まで拡充したという意味においても間違いなく国立大学の自立性の今後に禍根を残すものであり、「政府や他法人からの役員の選任については、その必要性を十分に勘案し、大学の自主性・自律性を阻害すると批判されることのないよう、節度を持って対応すること」とする国立大学法人法の付帯決議を全く無視した暴挙であると言えます。
 しかし、この学長選考の異常さは選出された次期学長候補者そのものよりも、その恣意的な選考方法にあるのです。山形大学の学長選考会議は前回の学長選同様、4月に第1回の会議を開催しました。この席では、意向聴取投票結果の非公開とするよう学長選考規則が変更され、学長候補適任者の推薦以降すべての選考日程を前回より1ヶ月遅らせることが決定されています。この時点で、教職員には得票数非公開の理由も、選考日程を繰り下げる理由も知る術はありませんでした。その理由は、6月開催の第2回選考会議で確定された4名の学長候補適任者の1人として現職の文部科学省事務次官が含まれていたことで初めて明らかになりました。学長選考会議は、国立大学法人法に「政府又は地方公共団体の職員(非常勤の者を除く。)は、役員となることができない。」とする役員欠格条項の定めがあるため、国会会期中は事務次官を次期学長候補として選出することが不可能であると判断し、所信表明、意向聴取投票を含めた学長選考のプロセスを、国会が終了する7月5日以降に2ヶ月程度繰り下げていたというわけです。会期終了と同時に職を解かれた元事務次官は速やかに出馬を表明、25日の学内意向聴取投票を経て翌26日の学長選考会議で次期学長として選出されました。当初非公開とされていた投票結果は、学内の強い反発を回避するための「移行措置」として特例的に公開され、次期学長として選出された元事務次官は最多得票数を23票(有効投票総数798)下回る次点に止まっていたことが明らかにされています。山形大の学長選考会議が、学長候補適任者の学部推薦や学内意向聴取投票といった自ら選考規則に定める正規のプロセスとその結果を無視する姿勢を選考の開始時点において既に固めていたことは明らかです。
 このように倫理を欠いた出鱈目な学長選考が行われる中、当然ながら当該大学においては学長選考会議や大学当局に対する不信感が高まっています。新潟大学では、提訴に前後して実施された反対署名に全教職員の3分の1にあたる400名が賛同しています。天下り学長を選出した山形大では、教員の中から反発の声が上がり、訴訟こそ見合わされたものの、不当な学長選考に抗議する声明文を最多得票候補者が提出するなど、学内に相互不信が広がっています。教職員が現体制下で行われた新体制の指導者選出に反対の意向を顕わにするということは、現在の大学運営のあり方だけではなく、当該大学が将来とるであろう生き残りをかけた戦略に対する離叛の意志を表明していることに他ならないのです。

不信を招く発言:「意向聴取制度には弊害もある」
 教職員の皆さんにはほとんど知らされていないことと思いますが、熊本大学においても、去る6月21日に次期学長の決定に向けた学長選考会議の第1回会議が開催されています。今回の学長選考会議は前回同様、学外委員を含む以下23名の選考委員により構成されています(敬称略)。
学外: 稲垣精一、井上孝美、江口吾朗、小堀富夫、園田頼和、田川憲生、平田耕也、星子邦子、丸野香代子、小宮義之
学内: 大熊薫、谷口紘八、山崎広道、古島幹雄、谷口功、松本泰道、原田信志、山本哲郎、木原信市、宇佐川毅、ア元達郎、西山忠男、佐藤隆
 さて、我々にはその議論の詳細が明らかにされることのない密室会議で、いったいどのような意見が交わされているのでしょうか。
 選考会議はその議事録を公開していないため、組合もその詳細について知る術はありませんが、伝え聞くところによると、第1回選考会議の出席者からは、「意向聴取制度には弊害もある」といった批判や、「意向聴取によらない」学長選出方法を検討するといった、まるで教育再生会議第2次報告の提言内容におもねるかのような発言があったということです。良識のある委員からは現行の意向聴取制度を維持するべきとする反対意見も挙がったとのことですが、来る11月15日に開催が予定されている第2回会議の方向性が危惧されるところです。
 昨年度9月にア元現学長を再選した前回の学長選考は、大学構成員の意向を最大限に尊重し、選考会議自らの恣意的な運用を厳に戒める学長選考規則の下で行われました。他大学の選考規則が意向聴取制度自体を廃止する、あるいは、その聴取の範囲を縮小する動きも見られる中で、恣意性を廃し、学長選考の透明性を確保した前回の学長選考会議委員の良識には敬意を表すべきでしょう。意向投票を実施するにあたっての業務の煩雑化を嫌う事務局からは意向投票制度の簡略化を求める声もありましたが、規則に則り実施された意向投票の結果、現学長が有効投票数の55%を占める票を獲得し、選考会議もその結果に従いア元学長の再選を決定したのです。ここで重要なのは、学長の選考過程とその決定に対して、熊本大学の教職員が一切異論を唱えていないという現実です。得票数から判断すれば、45%の有権者はア元学長の再選に反対の意思表示を行ったことになりますが、本学の学長選考の手続と選考委員会の決定自体が、民主的な手段に則って公正に行われたからこそ、全ての構成員が選考委員会の判断を全教職員の審判として尊重し、再選に承伏しているのです。
 熊本大学では、2006年度の賃金大幅切り下げに際し、組合が把握している限りでも400名を超える教職員が学長に異議を通知しました。学長はその異議に応えるどころか、その後も異動官僚のみを厚遇し、一般の教職員を冷遇し続けています。労働争議状態が継続される中、教職員の労働はますます強化され、劣悪な給与水準に教授の採用もままならない事態が生じているにもかかわらず、優秀な教職員の確保に何一つ手だてを講じようとしない学長の姿勢は、私たち教職員に対する背信行為と言ってもよいでしょう。しかしながら、評価を下げる大学が現れ始める中、このような不信感に包まれながらも、熊本大学は引き続き良好な評価を受け続けています。この高い評価を実現しているのは、他ならぬ教職員の寝食を忘れた努力の積み重ねに他なりません。
 私たちが屈辱に耐えながらも職務を放棄しないのは、私たちに劣悪な労働条件を強いている大学のトップが民主的な選考過程を経て選出されているからなのです。もしここで、私たち教職員の意向を排除し、恣意的で不透明な学長選考が行われることになれば、もはや誰もこの大学を信じ続けることはできないでしょう。そうなってしまえば、熊本大学は次期学長による指針の表明を待つまでもなく、たちどころに崩壊してしまうでしょう。
 学長選考会議が前回に引き続き良識を維持し、透明性を保った学長選考を行うことが、今後の熊本大学の存続を保証するものであることを、委員のひとりひとりが自覚するべきです。11月15日の第2回学長選考会議の審議に期待が寄せられます。


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