No.19
2007.12.18
熊本大学教職員組合
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これが「特任助教」,テニュア・トラック制の実像!!
―看板に偽りあり!? 実はテニュアの保障もない!? 
しかも「特任助教」は非常勤教員―

 
今年度,熊本大学は,「挑戦的若手研究者の自立支援人事制度改革」事業(代表者:ア元達郎)が科学技術振興機構(JST)の「若手研究者の自立的研究環境整備促進」プログラム(以下,「JSTプログラム」と略す)に採択されました。「JSTプログラム」とは,「世界的研究拠点を目指す研究機関」において,テニュア・トラック制=「若手研究者が,任期付きの雇用形態で自立した研究者としての経験を積み,厳格な審査を経て安定的な職を得る仕組み」を導入するもの(「JSTプログラム」の公募要領)であり,2006年度は9大学,2007年度は本学を含め12大学が採択されています(採択された大学は,2枚目にあげた「JSTプログラム」採択大学一覧をご覧ください)

熊本大学の「挑戦的若手研究者の自立支援人事制度改革」事業の概要
 本学の事業は,博士号を取得した若手研究者
(以下,ポスドクと略す)を国際公募によって,4年〜5年任期の「特任助教」に採用し,その後,テニュア審査に合格すれば,テニュア准教授に採用するというものです。「特任助教」の処遇は,上記の任期制のほか,約700万円の年俸制となっており,またスタートアップ資金500万円,年間研究費200万円が支給され,研究スペースや研究支援者などの面でも「充実した研究環境」が提供されるといいます。「特任助教」の公募要領は,こうした処遇の下で「特任助教になってから10年以内の教授レヴェルの人材輩出を目指す」ことを謳っています。この「特任助教」の定員は第1期の2007年度に10名,第2期の2009年度に10名の計20名,テニュア准教授の定員は計8名が予定されており,つまりは,20名の「特任助教」から8名のテニュア准教授が選抜される仕組みになっています。
 以上の「特任助教」は大学院先導機構の所属とされており,今年度,7月23日〜9月7日に第1次の公募が行なわれ,11月1日〜11月30日に第2次の公募が行なわれ,10名の選考が行なわれています。「特任助教」の公募が行なわれた10分野は,次の通りです。
代謝病態学分野  免疫学分野 創薬科学分野
衝撃エネルギー科学分野  ナノ材料化学分野 マグネシウム合金分野
生命環境分野  生殖医学分野及び発生工学分野
エイズ研究及びその関連分野  発生・再生医学分野
 以上に確認した本学の「特任助教」,テニュア・トラック制は,一見すると,優秀な若手研究者に充実した処遇と研究条件を提供するものであり,現在深刻な課題となっているポスドクの就職先確保の有効策となるもの,また本学にとっても優秀な研究者を養成し,優秀な人材を確保してゆくための有効策となるものかのように見えます。そのように思っている本学の構成員も多いかもしれません。しかし,その内実は“看板に偽りあり!?”とも言える重大な問題を抱えた代物となっています。ここで
は,その問題点をお伝えします。

いかにして異分野の研究者をテニュア准教授に選考するのか?
 「JSTプログラム」に採択された事業は,全国一律のものではなく,各大学でヴァリエーションがあります。たとえば,「特任助教」の年俸の額は大学によって570万円から800万円の間に設定されており,スタートアップ資金の額や年間研究費の額にも差があります
(参考までに,スタートアップ資金の額は,大学によって400万円〜1000万円に設定されています)。また,筑波大や長岡技科大の事業では,「特任助教」のほかに「特任准教授」・「特任講師」を設けています。
 本学の事業の問題点の第一は,20名の「特任助教」からどのようにして8名のテニュア准教授を選抜するのか,が不明確なことです。「特任助教」のテニュア審査は,任期の最終年度
(5年目)に,外部評価委員を含む「テニュア・トラック職位選考専門委員会」・「テニュア・トラック職位選考委員会」が行なうと説明されています。しかし,先に確認した第1期の「特任助教」の研究分野を見ても明らかな通り,20名の「特任助教」の研究分野は多岐にわたっています。まったく専門を異にする分野の研究成果にどのようにして甲・乙つけるのでしょうか? 「テニュア・トラック職位選考専門委員会」は,専門性に即して評価するものと思われますが,そこでテニュア准教授に値すると評価された「特任助教」が9名以上となった場合には,テニュア准教授を8名まで絞り込まねばなりません。それは,一体どのような基準で行なわれるのでしょうか? 異分野の研究成果――しかも当該研究分野の専門家がテニュア准教授に値すると評価した成果に誤りなく甲・乙をつけるというのは,神のみしかなし得ない業のはずです。
以上の点を熊大使用者・研究協力課に問い合わせたところ,返答に窮した挙句いただいた返答は,“現時点ではテニュア審査のあり方や基準については現時点では何も決まっていない。第1期の中間評価
(2009年度)が行なわれるまでに決定する”というものでした。
 上記の問題点は,テニュア准教授の定員を設定したがゆえに必然化するものです。本学の事業と同様にテニュア准教授の定員を設けているのは,お茶の水女子大の事業
(11名の「特任助教」から3〜4名のテニュア准教授を選抜)のみで,他の大学の事業ではテニュアを付与するる教員の定員は設けられておらず,テニュア審査にパスすればテニュアを付与するとしています。ただし,本学とお茶の水女子大以外の大学の事業も問題を抱えています。任期終了後に本当にテニュア取得の可能性が準備されている保障はなく,テニュアへの期待をもたせるだけに終わってしまう危険性があるからです。本学の事業は,テニュア准教授の定員を設定してこの危険性を回避していますが,同時にそのことによって上記の問題点を生じさせています。「JSTプログラム」に採択された事業は,本学のようにテニュア教員の定員を設けた場合,定員を設けない場合ともに,悩ましい問題を抱えていると言えます。

医学・薬学系の研究領域に,任期のない教授ポストは存在しない!!
 本学の事業の第二の問題点は,テニュア審査にパスした後は,テニュア准教授,さらにテニュア教授として処遇すると謳っておきながらも,医学・薬学系の領域については任期のない教授ポストが存在しないことです。先に確認した第1期の「特任助教」の研究分野は,半分以上が医学・薬学系の領域に属しています。しかし,
『赤煉瓦』17(2007.11.20)でお伝えしたように,医学薬学研究部では2008年4月からすべての教授ポストを任期制とすることが決定されており,准教授以下の職階の教員ポストについても任期制導入の検討が進められています。また医学・薬学系の学内共同教育研究施設(発生研,エイズ研)も全教員ポストが任期制ですから,本学の医学・薬学系の研究に重点化した組織には任期のない教授ポストは存在しないことになっています。医学・薬学系の領域の「特任助教」を経たテニュア准教授を教授に昇進させる際に,こうした体制でどのようにしてテニュア取得者として処遇するのでしょうか?
 いうまでもなく,テニュア
(tenure)とは定年までの終身在職権を意味し,トラック(track)とは文字通り「路」を意味します。したがって,テニュア・トラックとは経験と業績に応じて終身在職権を獲得することができる道筋を確保した制度のことです。冒頭で見た「JSTプログラム」公募要領も,テニュア・トラック制を「若手研究者が……厳格な審査を経て安定的な職を得る仕組み」と説明し,また「実施機関におけるより安定的な職」について「任期を付さない職位等」と説明しています。テニュア・トラック制を掲げて公募しておきながら,将来の教授ポストは任期付きのものしかないというのは,明らかに“看板に偽りあり”の詐欺行為です。医学薬学研究部の任期制導入問題は,『赤煉瓦』17で指摘した法律上の問題点からだけでなく,テニュア・トラック制の観点からも見直しが必要です。
 テニュア取得者として処遇できる教員ポストを準備できているかという問題点は,本学の事業のみの問題だけにとどまらず,実は「JSTプログラム」自体にも共通したもののようです。「JSTプログラム」の公募要領は,上のようにテニュア・トラック制を説明しておきながらも,各大学の事業を選定する審査基準の項目に「安定的な職位についた後も,人材の流動性を活性化するための仕組み
(再任可能な任期制,再審制など)になっているか」をあげています。これは,テニュアの常識的理解に反しており,またテニュア・トラック制に関する自らの説明とも矛盾しています。これでは,「JSTプログラム」自体が“看板に偽りあり”のデタラメな企画と言わざるを得ません。

「特任助教」は専任教員ではなく,非常勤教員
 本学の事業の第三の問題点は,「特任助教」の任期制が「大学の教員等の任期に関する法律」
(以下,「大学教員任期制法」と略す)ではなく,労働基準法第14条に基づくものであることです。「特任助教」の任期制は,労基法第14条に基づく労働契約によるもので,1年以内の任期で毎年度更新される(今年度,公募された第1期の「特任助教」の場合,2012年3月31日まで)とされています。
 「特任助教」の任期制を労基法第14条適用とした理由は何でしょうか? 組合が熊大使用者に問い合わせた回答は,“「特任助教」は,特別教育研究経費・委託費による特別事業や研究プロジェクト事業の経費により雇用される特定事業教員であるため。特定事業教員は,非常勤教員の一つである”というものでした。つまりは,「特任助教」は非常勤教員の一つの特定事業教員であるために労基法第14条を適用したといいます。驚くことに,「特任助教」は本学の専任教員ではなく,非常勤教員の位置づけとされているのです。
 さらに,「特任助教」を労基法第14条適用の毎年度更新の任期制とした結果,次のような問題が生じてきます。「特任助教」は4〜5年の任期制とされていますが,任期の3年目に「中間評価」を受けることになっています。この「中間評価」について,「JSTプログラム」の公募要領は「優れた成果が上げられていないものについては,原則として業務を中止することとする」と記しています。つまりは,当初,4〜5年の任期を謳いながらも,「中間評価」の結果如何によっては,任期途中で業務の中止=解雇することがあり得ると言います。この点,本学の事業の場合はどうなっているのか,熊大使用者・研究協力課に問い合わせましたが,明確な回答はないままです。

「大学教員任期制法」を適用しない理由は不明
 「特任助教」が本学の本来の予算によって雇用されるのではなく,科学技術振興調整費という外部資金を受けて雇用される存在であることは,まちがいありません。しかし,だからといって,なぜ「特任助教」には労基法第14条が適用されるのでしょうか? 「大学教員任期制法」第4条第1項3号は,任期制を導入できる職の一つとして「大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行なう職に就けるとき」,すなわちプロジェクト型研究の職を規定しています。この規定について,文部省高等教育局作成の「大学の教員等の任期に関する法律Q&A」
(『大学資料』134,1997年)は,「大学が定め又は参画する特定の計画」には,「例えば……B国や国際的な機関等が定めた計画,C特別な研究費等による計画,などが含まれます」と説明しています。とすれば,「JSTプログラム」に採択された事業は,まさに「大学教員任期制法」第4条第1項3号がいうプロジェクトに該当するものであり,「特任助教」の任期制には当該条項を適用することが可能です。
 にもかかわらず,なぜ「特任助教」には「大学教員任期制法」第4条第1項3号ではなく,労基法第14条を適用するのでしょうか? 熊大使用者・研究協力課に組合は何度も問い合わせましたが,未だに回答はありません。熊大使用者は,労基法第14条を適用する理由を説明できても,「大学教員任期制法」を適用しない理由は説明できないままでいるのです。
 熊大使用者は答えられずにいますが,「特任助教」に「大学教員任期制法」を適用しない理由とされる可能性があるものとして,「特任助教」は学校教育法上の助教ではないこと,教育研究組織に属するものではないことが考えられます。しかし,これらは何ら理由にはなりません。確かに,学校教育法上に「特任助教」という職位はありません。しかし,「特任助教」は助教という名称が与えられ,その職務も助教のものと異ならない以上,専任教員の助教の一つとして処遇して然るべきだからです。また,「特任助教」が大学院先導機構という教育研究組織でもないヴァーチャルな組織に属すものとされたことは確かです。しかし,大学院先導機構というヴァーチャルな組織は3つの研究科を母体とする研究事業から構成される存在であり,「特任助教」を大学院研究科の所属として事業を行なうことが十分に可能だからです。
 「JSTプログラム 」に採択された事業の「特任助教」等は,本学だけでなく他大学の場合も,労基法第14条適用の任期制とされています。その背景には,文科省やJSTの意向が働いているのかもしれません。しかし,以上に見たように,「特任助教」の任期制は十分に「大学教員任期制法」を適用することが可能なものです。他大学の誤った前例に盲従するのではなく,「大学教員任期制法」の趣旨を踏まえて大学の見識を発揮することが必要です。

「特任助教」の実質的な任期はきわめて短い
 以上指摘したように,「JSTプログラム」に採択された本学の事業には,“看板に偽りあり”と言うほかない問題点や,審査のあり方など重大な問題点を抱えており,重要な点は先送りとされて不明なままです。ほかにも,中間評価の実施時期やテニュア審査の実施時期が具体的には不明であるといった問題点があります。任期制の場合,再任審査は,異動先を探す必要から,任期終了の1年以上前に行なう必要があります。とすれば,「特任助教」には実質的に3〜4年という短い期間に成果が求められていることになります。さらに中間評価が加わるのですから,着任後きわめて短期間のうち
(2年程度のうち)に成果が求められることになるはずです。しかし,熊大使用者はきわめて無責任なことに,これらはいずれも未定のままとしています。
 こうした問題を抱えた無責任な姿勢では,優秀な研究者を養成して確保しようとする事業であるにもかかわらず,養成した人材は他の研究機関や大学に流出していくことになるでしょう。「JSTプログラム」自体,問題を抱えたものであることは確かですが,その問題点は大学の自助努力によって解決することが可能なものです。せっかくの若手研究者の養成・優秀な研究者確保の機会なのですから,本学にとって有効なものとなるよう自助努力によって問題点を解決していくべきです。

任期制問題は山積み
 『赤煉瓦』17でお伝えした医学薬学研究部における任期制導入問題,今回お伝えしたテニュア・トラック制問題のほかにも,外国人教師の後任ポストの任期制問題,五高記念館の准教授の任期制問題,さらには定年まで無際限に再任可能な任期制の問題など,本学では教員の任期制の課題が山積みしています。外国人教師の後任ポストの任期制問題については,学長自らが教育研究評議会に陳謝し,“見直しを含めて検討する”と言明し,その期限を2006年10月と設定しておきながら,期限を1年以上過ぎても放置したままで平然としています。熊大使用者は一体何を考えているのでしょうか? これらの任期制問題の経過については,また機会を改めてお伝えします。


「JSTプログラム」採択大学一覧
  提案課題名 機関名 代表者名
2006
年度
グローバル若手研究者フロンティア研究拠点 大阪大学 大学院工学研究科 豊田 政男
フロントランナー養成プログラム 東京工業大学 相澤 益男
新領域を開拓する独創的人材の飛躍システム 京都大学 尾池 和夫
名大高等研究院研究者育成特別プログラム 名古屋大学 平野 眞一
若手人材育成拠点の設置と人事制度改革 東京農工大学 小畑 秀文
先進融合領域フロンティアプログラム 東北大学 吉本 高志
メディカル・トップトラック制度の確立 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 野田 政樹
ナノテク・材料研究者育成の人材システム 北陸先端科学技術大学院大学 潮田 資勝
次世代研究スーパースター養成プログラム 九州大学 梶山 千里
2007
年度
新領域創成をめざす若手研究者育成特任制度 金沢大学 林 勇二郎
先端学際プロジェクトによる若手人材の育成 横浜国立大学 飯田 嘉宏
卓越した若手研究者の自立促進プログラム 東京大学 小宮山 宏
産学融合トップランナー発掘・養成システム 長岡技術科学大学 小島 陽
北大基礎融合科学領域リーダー育成システム 北海道大学 中村 睦男
早稲田高等研究所テニュア・トラックプログラム 早稲田大学 白井 克彦
地方総合大学における若手人材育成戦略 長崎大学 齋藤 寛
次代を担う若手大学人育成イニシアティブ 筑波大学 岩崎 洋一
挑戦する研究力と組織力を備えた若手育成 お茶の水女子大学 羽入 佐和子
先端領域若手研究者グローバル人材育成 電気通信大学 益田 隆司
ファイバーナノテク国際若手研究者育成拠点 信州大学 小宮山 淳
挑戦的若手研究者の自立支援人事制度改革 熊本大学 ア元 達郎

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