No.24
2008.2.7
熊本大学教職員組合
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「国際化案」が意味するもの
— 学長・理事の暴走を看過してはならない

 
国際課国際戦略室と留学生センターの改組、大学院授業の全面英語化を含む「全学の国際化推進の仕組みについて(案)」(以下、「国際化案」)が昨年11月に坂口研究・国際担当理事(副学長)より唐突に提示されたことについては、教職員からいち早く寄せられた意見を『アンテナ』No.68(2007.12.13)でお伝えしましたが、ここでは、2008年度の概算要求、これを受けた予算内示を経た「国際化案」のその後について報告し、その問題点を改めて指摘します。

戦略無き国際化戦略
 ご存じのように、政府は国策として大学の国際化を求めています。福田首相も、1月18日の施政方針演説において、「活力ある経済社会の構築」をめざし、そのための施策として「新たに日本への「留学生30万人計画」を策定し、実施に移すとともに、産学官連携による海外の優秀な人材の大学院・企業への受入れの拡大」を進めることにより、日本を世界に開かれた国にすると述べています。このような要請を受けて、既にいくかの大学で留学生の新たな拠点造りに向けた取り組みが始まっていますが、そのような取り組みに共通して言えることは、特定の領域において確実な成果を上げるための限定的なプログラムを想定している点において優れた戦略性が認められるということです。これに対し、本学の「国際化案」はどうでしょうか。「国際化案」が「特に目玉となる戦術」の一つとして掲げているのが、熊本大学の「全面英語化」であり、「国際的、社会的な要請である世界水準の教育研究と国際的キャンパス環境の整備に応えるため、英語での大学院教育を促進し、英語による学位課程の創設等を通して、カリキュラム等の国際的通用性・共通性を高めると共に、英語の学内公用語化の実現等の環境整備を図る」というのですから、どのような留学生を射程に入れ、どのような成果を約束するのか、経営的立場からの具体的な戦略が全く見えてきません。
 経営手腕と戦略性の乏しさを補うために、これまでも熊本大学は様々な「全面的」で「一律」な制度を構想してきました。科研費の申請義務化、役職による基金への協力実質義務化などはその典型でしょう。その発想の貧困さはともかく、外部資金の獲得に向けた大学のなりふり構わぬ取り組みとしては、部分的に評価を受けてきたものもありあますが、実像や成果が全く見えてこない「全面英語化」や、必然性に乏しく採算性の不明な国際化推進センターの予算化等については、文科省もさすがに首を横に振らざるを得ないでしょう。実際に、12月25日、文部科学省より本学の2007年度補正予算および2008年度の予算案内示では本学の「国際化案」を積極的に評価する予算の配当は成されませんでした。
 留学生の確保や、教育研究の国際化は、何れの大学においても真剣に取り組むべき課題であることは事実です。しかし、それをどのように実現していくのか、あるいは、大学の将来構想において国際化にどの程度の重きを置くのかについては、全学の教職員による具体的な検討を踏まえた上で決定すべきです。学長や一部の役員等による非見識で中身の無い構想案を今後も提出し続けるようなことがあれば、熊本大学に対する外部の評価は確実に低下して行くでしょう。

当事者不在の組織構想
 概算要求は認められなかったとはいえ、学長や坂口研究・国際担当理事がこの「国際化案」をあきらめたというわけではありません。予算内示後の学長懇談会において、学長はこの「国際化案」を決して廃案とするつもりはなく、留学生センターの改組は年度内に実現し、大学院教育の全面英語科も順次推進していく意志を明らかにしました。学長の強い意向を受け、以下の10名からなる「国際化推進WG」も「国際化案」の実現に向けて検討を進めています。
坂口 薫雄 理事・副学長(研究・国際交流・社会貢献担当)
西山 忠男
理事・副学長(教育・学生担当)
高嶋 和希
学長特別補佐(国際交流担当)
大森 不二雄
学長特別補佐(教育・学生担当)
大谷 順
留学生センター長
吉村 豊雄 国際交流推進会議委員(文学部)
谷原 秀信
国際交流推進会議委員(医学薬学研究部)
檜山 隆
国際交流推進会議委員(自然科学研究科)
山崎 雅彦
企画部長
園田 秋雄
研究・国際部長
 当初の計画では、「国際化案」の実現は来年度4月からとされていましたが、新たに策定されたスケジュールでは、8月1日に「国際化推進機構・国際化推進センター」を設置し、同機構・センターが主体となって「戦略的連携」、「人材の交流」、「情報発信」、そして「全面英語化」という4つの戦略に基づいた施策を実施することになっています。新たな「国際化案」では「国際化推進機構及び国際化推進センターが本学の国際化に果たす役割及びその効果は計り知れない」と結んでいますが、学長が強く希望する留学生センターの改組による効果は、その何れの具体的効果としても述べられていません。強いて取り上げるとすれば、「環黄海域を中心とする海外から質の高い留学生の受け入れ増による教育・研究の活性化、日本人学生の欧米を含む一流大学への留学・・・等を促し、学内の国際化を進展させることができる」あるいは、「熊本での留学・研究生活が快適で有意義なものとなるよう、受け入れ環境を整備することができる」といった文言が、一見すると、留学生センターや自然科学研究科等の留学生担当教員を集約し、国際化推進センター3部門中の2部門に再編する構想に一致するようにも思われますが、前者は「人材の交流」に関わって「グローバルCOEの戦略的展開、秋期入学の実施及び教職員の国際公募等を行うなど、人材の流動化を図る」ことにより期待される効果であり、後者は「情報発信」に関わり、「積極的な情報発信を通して、学内の手続や文書、住居その他の支援が外国人に便利なようにデザインされ、日本語が出来なくても充実したサービス得られるようにする」ことによって期待される効果であり、留学生センターの改組による効果ではないのです。このように、国際化推進センターの設置構想は、まさに、改組のための改組と言わざるを得ないほど、必然性を欠くものなのです。
 国際化推進WGのメンバーに留学生センター長が含まれている事実から、この「国際化案」、とりわけ、国際化推進センターの設置構想については、留学生センター教員の意向が少なからず反映されているだろうと思われた方もいらっしゃるかもしれません。しかしながら、少なくとも組合が把握している情報によると、学長が留学生センターを改組する方針を明らかにした昨年6月29日から、「国際化案」が公にされるまでの半年間、留学生センターの教員が、改組についての検討を許されたことはおろか、情報の提供を受けていた事実さえ無いのです。もし仮に、留学生センターの教員が検討に何らかの形で加わっていたとしたら、当該教員の配置を予定している「国際語学支援部門」の業務が「国際化案」に示されるように木に竹を接ぐような内容にはなっていないはずです。
 「国際語学支援部門」の業務内容の第一は、「留学生を対象とした日本語教育」であり、これまで長年にわたり留学生センターの教員が従事してきた業務がこれにあたります。第二の「語学教育プログラム及び留学生向け教材作成」も「語学教育」が「日本語教育」を指す限りにおいては、その延長線上にあると考えることもできるでしょう。しかし、第三に掲げられている「海外留学のための外国語試験への支援 など」は、学長やWGの委員を除けば、誰の目にも明らかに異質な業務です。この業務は、海外留学を希望する学生数の減少を食い止めることを目的として本年度すでに学内予算を確保して実施されている事業を引き継ぐものです。熊本大学の学生の外国語運用能力が近年取り立てて低下しているという事実は無く、留学希望者減少の根本的な原因がTOEFL等の外国語試験への対応力の不足にあると真剣に考える人もいないでしょう。つまり、「国際語学支援部門」に配置される教員は、専門性から全くかけ離れているだけではなく、不採算事業となることが確約された業務を押しつけられることになるのです。
 その上、当初の「国際化案」では、改組に伴い、教員への任期制の適用がさも当然であるかのように提案されていました。さすがに最新の案では、「現留学生センター教員等の配置換え」による改組であり
(従って本人の同意が不可欠となること)、および、「主たる業務が留学生・語学教育と国際交流に関する支援」であることを理由に「任期制を導入しないことが適当である」としており、その判断自体は、本学の複数の役員が「教育」および「支援」業務を任期制を導入しないことが適切である業務として明文化したという意味でも画期的な出来事であると言えるでしょうが、一言の相談もなく、自分自身の雇用条件を弄ばれた当事者としてはそのように冷静に評価することなどできるわけがないでしょう。今年に入り、国際化推進WGも、ようやく留学生センター教員の意見を聞く姿勢を見せているようですが、この期に及んでいったいどのような意見を期待しているというのでしょうか。
 
「国際化案」で露呈した未熟な経営感覚
 「国際化案」が当事者の意向を全く無視したものであるのは、留学生センター教員に対してのみではありません。そもそも、「国際化案」に示されているのは、熊本大学の次期中期目標・計画の柱として位置づけようという極めて重要な戦略であり、当初の案には、全学の教育・研究はもとより、部局等によっては人員の移籍・兼任や雇用条件の変更など人事に関わる重要事項を含む計画も多く含まれていました。具体的には、英語・中国語・韓国語の教育に携わる専任教員、および、各学部が人事権を持つ外国人教員の移籍についての言及がこれにあたります。
 本人の同意の無い業務内容の変更、配置換え、任期制の適用が違法であることは留学生センターの場合と同様ですが、同時に、教員の移籍は、当該の教員が現に所属している学部等の教育研究に多大な損失をもたらすことは誰の目にも明らかです。それにもかかわらず、「国際化案」の策定にあたって、当該教員の所属学部に対してさえ何の相談も無かったというのが偽らざる事実であり、この点において、「国際化案」が学部等の教育・研究を改善するどころか、その維持と発展を阻害する最悪の計画であったと言えます。
 また、最新の「国際化案」では、学部の専任教員について配置換えを行わない方向で見直しが加えられてこそいますが、依然として多数の「兼務教員」の配置が想定されています。教育研究および大学運営に関わる教員の負担軽減が喫緊の課題となっている本学の現状を少しでも理解しているのならば、到底思いつくはずのない無謀な計画であると言えるでしょう。なお、「国際化案」は、外国人教員の配置について以下のように述べています。
「旧外国人教師(文学部(4名)、教育学部(2名)、)及び法学部(1名))については、准教授及び講師として在籍(学長手持ちとして、旧外国人教師枠定数7が確保)されており、語学教育の業務において重要な任務を担っている。本センターにおいてもそれに対応して国際化についての重要な役割を担うことを期待する。」
 国際化推進WGによるこの「期待」にはいくつもの矛盾とともに、「国際化」を標榜するWG自体の歪んだ国際感覚が投影されています。第一に、既に指摘したように、「国際化案」は、「語学教育を主たる業務とする」職には任期制が不適切であることを明言していますが、法人化以前から在職している教員を除き、旧外国人教師の雇用には労基法14条による任期が付されています。そのうえ、『赤煉瓦』No.19(2007.12.18)でも改めて指摘しているように、外国人教師の任期問題については、学長自らが「見直しを含めて検討する」と言明したまま、検討期限である2006年10月を1年以上過ぎた現在に至っても何の回答も示さず、当事者達を不安定な状況に起き続けています。そのような不誠実な対応を棚上げして、以前にも増して重要な役割を担わせようというのですから、あまりにも都合の良い話です。仮に国際化が学長の至上命令であったとしても、その実績造りのために外国人をあたかも道具のように扱うことが許されるはずはありません。
 「国際化案」が外国人教員に対して一方的に抱いている「期待」に懸念を抱かざるを得ないのは、提案者が外国人教員の置かれている不安な雇用条件を理解していないからだけではなく、彼らには、すでに外国人を道具として利用してきた実績があるからです。外国人教員が本学において担っている重要な業務は、決して語学教育だけではありません。学科や学部・大学院の教育、入学者の選抜業務、運営に関わる業務等の他、日本人教員と同様に一定の研究業績を上げることも要求されており、極めて過密な労働に従事しているのが現実です。従って、旧外国人教師ポストであるか否かにかかわらず、外国人教員に余剰な業務を担わせれば、所属する学科や学部・研究科だけではなく、教養教育に関しては他学部にまでその影響が及びます。このため、旧外国人教員のポストは、学長手持ちのポストであるにもかかわらず、人事権を有する所属学部がその業務を管理する立場にあるのです。
 今年度既に実施されている外国語試験の支援事業に関わって、1名の外国人教員に対しTOEFL対策講座の講師の業務が命じられました。この事業は、当該の教員に対して拘束的な業務を半年間にわたって課すものであり、当然のことながら、その教員が所属する組織の業務にしわ寄せを生じます。しかしながら、当該の教員に対しては、研究費という形で拘束に対する代償がかろうじて支払われたものの、これにより被害を被った所属学科・学部に対しては、事後の手当はおろか、事前の相談も説明も一切無かったのです。このTOEFL対策講座は間違いなく国際化推進センターの業務の一部を前倒しで実施したものであり、「国際化案」に言うところの「期待」とは即ち、外国人教員に対しては、業務負担の増加を無条件に受け入れること、また、所属する教育研究組織においては、外国人教員の業務増加に伴う損失に目をつぶることを意味します。また、このように一方的に負担を強いる提案の根拠は、その教員が外国人であるという一点に尽きるのです。
 外国人に対してこのように出鱈目な労働を強要する大学に、果たして海外の研究者や留学生が魅力を感じることがあり得るのでしょうか。それどころか、国際化という名目で外国人を道具として利用しようとする「国際化案」の本質が外部に漏れ伝わるようなことがあるとしたら、熊本大学は国際社会から軽蔑され、本学の研究者や卒業生は、その能力の如何を問わず国際的に活躍する道を閉ざされてしまうことでしょう。
 『アンテナ』No.68の投稿では、「国際化案」の行き過ぎに対して、担当理事の解任、学長の任命責任、経営責任の明確化が求められていますが、今回露呈した学長・理事の経営感覚の未熟さは熊本大学の将来を危うくするものであるということは認めざるを得ないでしょう。「大学院教育の全面英語化」については、あえて『アンテナ』の批判を繰り返すことは避けましょう。しかし、ここで提案されている施策の根底にある問題点をもう一つ挙げるとすれば、それは、授業を英語で行うこと、あるいは英語の教材を使用することが即ちアカデミックな領域での国際化を促進することであるという浅はかな考えが基本にあることです。使用言語は現実の必要性に応じて自ずと選択されるものであり、英語が使用されないことが国際化を妨げているという考え方は明らかに本末転倒であると言えます。これが熊本大学の国際化に向けた施策であることが公になれば、間違いなく国民の失望を買うことになるでしょう。

予算先行の改組を許してはならない
 「国際化案」が大学としての良識を逸脱しているのは、決してその内容だけではありません。国際化推進機構・国際化推進センターの8月1日設置に向けて改めて策定された検討スケジュールも、決して看過することが出来ない手続き上の問題を孕んでいます。「国際化案」は間違いなく教育研究に関わる施策であり、管理運営事項ではありません。従って、この「国際化案」の検討において最も尊重されるべきは教学に関わる権限と責任を持つ教育研究評議会での議論に他なりません。しかしながら、以下に転載する検討スケジュールを見る限り、学長および担当理事がこの最低限のルールさえ無視しようとしていることは明らかです。
2月14日  総合企画会議:
  国際化推進WG検討案について
 部局長等連絡調整会議:
  国際化推進の仕組みづくりについて意見聴取
3月13日  部局長等連絡調整会議:
  国際化推進の仕組みづくりについて最終の意見調整
4月10日  総合企画会議:
  国際化推進の仕組みづくりに関する報告書(案)の審議
5月 1日  役員会:
  総合企画会議検討案及び機構・センター設置準備委員会の設置
5月 8日  設置準備委員会:
  機構及びセンター規則案、教員選考基本方針案、公募要領等の審議
5月11日  学内共同教育研究施設等人事委員会:
  設置準備委員会(案)の審議
5月22日  学内共同教育研究施設等人事委員会
6月27日  教育研究評議会:
  国際化推進の仕組みづくり(案)及び諸規則案の審議
7月 3日  役員会:
  国際化推進の仕組みづくり(案)及び諸規則案の審議
8月 1日  国際化推進機構・国際化推進センターの設置
 教育研究評議会での審議は、役員会が最終決定を行う僅か6日前の6月27日の1度のみです。既にこの時点では、諸規則や人事についての検討は終了しており、教育研究評議会の審議が「国際化案」に反映されることは実質的に不可能です。つまり、学長及び担当理事は、教学に関わる最大の権限を有する教育研究評議会を単なる報告の場として位置づけ、自らの権限を逸脱した独断によって「国際化案」を具現化しようとしているわけです。これは、もはや、学長のリーダーシップの範囲をはるかに越えた暴走といっても過言ではないでしょう。次期中期目標・計画期間を目前にして、大学運営に関わる学長や理事の杜撰さが一層顕著に表れています。しかし、この「国際化案」に関わる合意形成手続きの無視には目に余るものがありま。いかなる組織であろうとも、そこには組織の業務に従事する教職員が必ず所属します。その教職員の業務の現状や当事者の意志を無視して改組を行うことを許してはなりません。もしそのような暴走を許したとすれば、私たち教職員が大学人としての責任を放棄することになり、熊本大学の価値が本質的に損なわれることになります。
 「国際化案」の問題は、決して留学生センターや一部の部局等だけの問題ではありません。もちろん、「大学院教育の全面英語化」は全学的な影響力を持ちますが、これも部分的な問題に過ぎません。最大の問題は、「はじめに予算獲得ありき」であり、あとは野となれ山となれ、組織の構成員がどのような苦境に立たされようが、それが元で有能な教職員を失うことになろうが、改組後の組織や関係部局がどうなろうが、そんなことは知ったことではないという無責任極まりない大学運営を、本学の学長や理事が公然と行ったという事実にあるのです。

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